2006年8月27日日曜日

へんしゅー

編集ソフトはWindowsなので、Adobe Premire Pro1.5とAvid DVXpress4.1の二つを使っている。といってもいままで殆どPremireだったのだが、今回バンドのライヴ映像をAvidで編集してみた。ようやく本格的にAvidで編集してそのシステムが判ってきた。 気がついたのは二つのソフトの解釈の違い。どちらも良いところがあり、それを上手く利用することで、作品のアプローチやらスタイルやらに影響させることができるワケだ。
Avidはやはりリニア編集の考え方が強く影響していて、ベースはリニア、そしてその上にノンリニアの方法論が加わっている、という感じだ。反対にPremireは最初からノンリニアの解釈だけで作られている。 どちらも同じ編集ソフトだが安定性があるのは絶対的にAvid。でもAvidにPremireの遊び感覚はない。 ということで、いまやっているDVDとイベント『M退治』は別々のソフトを使うことにした。 DVDがAvid、『M退治』はPremireという感じ。

2006年8月21日月曜日

らいヴ・ガ・像

ぶえん・てぃえんぽ ライヴ終わりやした。   
つうことで、ライヴの画像。



とりあえず、「映像作家」にはまず見えないナ、つうことで良かったんじゃないっすかね・・はは



以下、セットリストです。







1. Unchained
2. Somebody Get Me A Doctor
3. Little Dreamer
4. Dance The Night Away
5. Everybody Wants Some!!
6. Runnin' With the Devil
Mean Street Intro Solo
Spanish Fly
Eruption
7. You Really Got Me
8. Panama

以上、35分のライヴ
でした。曲数多いわりにほぼちゃんと時間内に終わってましたね。やっぱ Van Halen は曲が短いからそういう意味でもヨイネ~
イラプションはライトハンド行く前の部分でいっつも緊張で失敗してしまう。やっぱ緊張の克服がライヴだけでなくすべてにおいて現時点の僕に必要な大課題ですな。 どうもこの性格が治んないかな、という・・・ところですよ。 それでも前回よりか数倍もウマクいって前回来てくれたお客さんにもそれが伝わったので良かったです。 なんつ~か、ライヴ後の言葉で言い表しようのない 「開放感」 みたいのは前回のほうがあって、そういう意味では前回はとても良いライヴだったけど、とりあえず、今回はもう少し上手いんだよ、ということがいえたライヴという(笑)、感じだったです。そういう意味でお客さんも喜んでくれたみたいです。 まあ、次ぎあるかどうか判んないけど、バンドができて良かったですネ~


コメント

すご~くギターがうまくて
カッコよかった~
きゃーきゃーてかんじ
ソロがすてきでした
投稿 糸瓜
2006-08-22 22:16

そいつァどーも
次はM退治でギター披露いたしやす。
Van Halen とはまた違うギターですね。
ヨニシ君の作った曲イイ感じ~ぃ
投稿 素太風呂
2006-08-23 20:59

2006年8月5日土曜日

ウェーだ

今日はお昼に ぢ・がべるとふ集団第4弾 を撮影し、終わった時点でようやく製作に入る某DVDの撮影のため長野へロケに行く-再び上田だ。
2年前のイベント 盆わーぷ、そして『ぽかぽか雲とぱたぱた大地とのあいだ』の製作で大変お世話になった滝沢家にお邪魔して農作業や旬の野菜を収穫するシーンを撮る。
振り返ってみると上田には2002年の「海の向こうより山の向こう」表現展から2年周期に渡って訪れている-言うなれば上田を廻るX彗星みたいナ・・(笑)

盆わーぷのときやった『いくといる』というライヴパフォーマンスのコンセプト-「行く(訪れる)」立場の人間と「居る」立場の人との関係性-は、パフォーマンスが終わっても未だこうして続いているのかもしれない・・。 当然2年前には今回のような理由でまた上田を訪れるとは思ってないワケだからね。

上田にはどういうわけかいろいろ縁があって、いまから12~3年前、僕の記憶が正しければ、国内初のハイビジョンシンポジウムが開催され、わざわざアメリカの短大を1週間休んで帰国し、それに参加した。 母親がシンポジウムを開催したエライ官僚さんを知ってたわけだ。 当時流行ってたスパイク・リーが大物ゲストとして参加してたり、こういう会には必ずといってイイほど顔を出す大林宣彦、もいた。 あの時知り合った沢山の人らとはその後まったく交流ないけど、映像続けている人間はどれくらい残ってんだろう・・ その後も上田市出身の人に何人かめぐり合った・・・ 

そうそう、シンポジウムが上田で行われていた、ということに気がついたのは2年前だった。 「長野のどこかの街・・・」 ということしか覚えてなかったけど、盆わーぷで街中をドライヴしたり、当時シンポジウムを実行委員として運営していた映像関係の人とその後仕事で知り合い自分の記憶に確信を持った。  ・・ところでそういう意味で日本の「駅前」というのはまったく信用ならない。みな同化してしまった。 時がたってても上田駅が当時の面影を残していたらもう少し早く気がついたことだろう。 昔の恵比寿の駅前が懐かしい。駅員が切符を切ってた頃の映像はまだ記憶に残っている。。。 いまでいうガーデンプレイス側なんてホントちっちゃな改札口だった-勝手口みたいな改札口だったもんナ。